*多奈side*

―十一月二十五日、夜―

『…奈……多奈…多奈…』

暗闇から声がする…

「…誰?」
『…あたしだよ、多奈…』
「……有希?」
闇にうっすらと有希の姿が浮かんでくる…

でも…

服が赤い…それは間違いなく血に染まっている…
顔には一緒に笑っていた時の明るい表情は微塵も無い…

『どうして私は死ななきゃいけなかったの?どうして、私は死んだの?
私はあの時、多奈に記憶を消されて、能力も消した…
どうして、消しちゃったの?多奈…
あの能力があれば、私は死なずに済んだかもしれないんだよ?
どうして?どうして?どうしてっ!』

怖い…闇の中で迫りくる自責の念…

『多奈っ!どうして消しちゃったの?』
「ごめん、有希。ごめんなさいっ。」

有希が死んだ…それは昨日知った…
受け入れたくない。でも、もう頭は事実として受け入れかけている。
でも、信じられない。
そして、思考は加速する。
有希は自殺なんてしない。それは絶対と言い切れる。
じゃあ、何で死んだのか…自殺じゃないとしたら、事故?
でも、事故ならばテレビ、新聞には自殺なんて書かれない。
それなら…他に有希が死んでしまうような理由…
いやだ、そんなことは考えたくはない…
思考は自分の制止を無視し、どんどん加速する。
なら…有希は…私の無二の親友は…
殺された…?
どうして?誰が?
考えたくない。でも思考は止まらない。
そして、思考の行き着く結論は…
「有希は殺された。そして、自分が彼女の能力を消したせいで彼女は死から逃れられなかった。」
こんなことは考えたくはない…
でも、もう行き着いてしまった…
そして、自分を責めた…
有希が死んだのは“私のせい”である、と。
あの時、私が彼女の能力を消したせいで、彼女は死んでしまったも同然である、と。

『多奈…どうして?私の生活を返して!
私はまだ、死にたくなかった!』
「いや、やめて、やめて」
有希の顔が近付いてくる…
肩をつかまれる…

『多奈…多奈…』
「いやああぁぁぁぁああぁぁっ!」

「多奈っ!?多奈っ!!」
目の前には私の兄、伊勢崎一穂の顔がある。

「ゆ…め…?」

嫌な汗がびっしょりと自分の服を濡らしている。

「大丈夫か?多奈。」
「あ、うん。嫌な夢、見ただけだから…」
「そうか、かなり魘されていたぞ…。」
「うん、でも大丈夫。心配いらないから…」
「それだといいんだが…」
「……」
「……」
「……」

兄はベッドから立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
ドアに手をかけた時に背中越しに兄はこういった。

「なあ、多奈。自分を責めるのはもう十分じゃないか?」
「え…?」
「多分、俺も遠野有希のことについて多奈と同じことを考えてる…と思う。
昨日の朝のニュースを見てから、ずっと塞ぎこんでるし、仮にも俺ら、兄妹だしな。」
「うん、そだね…ありがと。」
ちょっと無理のある笑顔を作った。
でも兄に心配をかけたくないという気持ちが自分にそうさせた。

「しばらく、安静にしとけよ。落ちついたら話でも何でも聞いてやるからさ。」
「うん…」
「それと、勝手に部屋に入って悪かった。」
「いいよ、ありがとう。」

兄が部屋を出て行くと布団の上にまた横になる。
そして、自分に何度も尋ねたか分からない疑問ををまた幾度と無く反復する。

“なんで、私は有希の能力を消したのか”

その答えは、彼女の生活を守るため、彼女自身を守るためにした。
それは分かっている。
でも、もっといい方法があったのではないか?
仮に無かったとしても、何故あの朝、記憶を消したのか。
そのときすぐに消さなくても良かったのではないか。
結局は自分のせい。

さっき、兄に自分を責めるのはよせといわれたばかりなのに…
と思いながらも、やはり悔やんでも悔やみきれないのは変わらなかった。

三十分くらい経っただろうか。ある程度気持ちは落ち着いた。
そのとき、これから自分はどうするべきか、それを考えていた。
私の親友、遠野有希はいない。兄に迷惑をかけるわけにはいかない。
美里さん…有希が亡くなったのにいまさらホイホイ出て行くわけにも…。
それに自分とあったら何も無かったかのように明るく振る舞うんだろう。
そう考えただけで、胸が締め付けられるような気がした。
最終的にでた結論は「事件が解決するまで自分は何もしない」
何もしないというよりは、何もできないというのが正しいのかもしれなかった。
ただ、何もできないというには辛すぎた。
だから、自分の意思を表現するために「何もしない」ということにした。
どこかに自分でどうにかしたいという気持ちが無かったわけじゃない。
でもそれとは裏腹に、警察が犯人を逮捕してくれるから、とそんな曖昧な気持ちもあった。
悲しいのは自分だけではない。みんな我慢している。ならば、自分も我慢しなければ。と無理矢理自分を押さえつけた。

そのあと、多奈は一睡もすることができなかった。 
また、あの夢を見てしまいそうな気がしたから……
                          Coming Soon……(?)