終了1週間前の挑戦
− 運命の管制者 −
− tale of destiny −



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 表示計器の回る音と、システム・デスティニーのコンソールが放つ光だけが支配する空間。
 他人から見れば間違いなく異様な空間の真っ只中で、私は真新しい制服に袖を通し、“渡瀬 永”と書かれた小さな名札を胸のポケットに挟む。顔を洗い、ぼさぼさになっていたセミロングの髪の毛を櫛で適当に撫で付ける。こんなところかと思いつつ、外見に不自然なところがないかどうか、もう一度確認する。
 運命を紡ぐ管制者にとって、その運命を望む者の情報を可能な限り集めることは必須条件だ。
 しかし多くの場合、システム・デスティニー上でモニターされる映像は、あらゆる場所を投影できるとはいえ、生身の人間同士のコミュニケーションに比べれば不十分な場合が多い。そのため管制者には、原則として、可能な限り“内偵調査”を行うことが義務付けられており、研修過程にそのための養成過程も組み込まれている。
 私も一応、幼稚園児から高齢者に至るまで、一通りの人間になりすますことは可能だ。苦手だけど。

 私はふう、と一息つくと、あらかじめ用意しておいた“既成事実”を走り書きしたメモを片手に、コンソール上に指を走らせ、茨城県立千年谷高校に関係する全ての人間の記憶を書き換える。
 今日、5月30日、“渡瀬 永”という人物が転校して来る。
 転校理由は事業家である両親の海外出張。娘を残して単身赴任ならぬ両親赴任。帰国時期未定。
 自宅住所は、学校にできるだけ近い場所にと、両親が用意した近所に完成したばかりの分譲マンションの最上階――オペレーターの活動拠点として確保されている部屋のうちの一室である。関係機関の戸籍等も青写真通りに書き換え。
 年度途中の編入学については特例として、学校長が許可。学力検査、授業進度への適応能力、共に問題なし。
 そして転入先は……高3C組だ。
 私は情報をもう一度確認すると、
 「……ぽちっとな」
 [Enter/Exec]キーをタッチした。



 「……これでいっか。あとは家からで……」
 通信装置に手を伸ばし、拠点のマンションへの家具一式の搬入と、臨時時空間断層の設置を手配する。下校中電柱の影で行方不明になった、ではシャレにならないし。
 外の周囲に人がいないことを確認すると、時空間断層を抜け、電柱の影に姿を現した。今後オペレーション・センターへの出入は自宅から行うため、断層をロックする。これでいい。
 「……さて、行きますか」
 私は、久々に回ってきた実年齢相応の仕事に期待しつつ、校門を目指した。


 私がいつも思うことがある。
 世の中は情報の回りが早い。こと“転校生”、それも女子生徒となれば、普段鳴りを潜めている学校という空間の情報網は、待ってましたとばかりにフル稼働し、その秘めたる力を遺憾なく解放する。
 その情報の正確さたるや、時には、こいつら全員オペレーターなんじゃないか、と思うことすらある。それほどまでに、情報の回りは早かった。まあ、異例の途中転入生、というのはあるのだろうけど。

 キーン、コーン、カーン、コーン……

 ガラッ

 「よーしお前らー。いー加減五月病なんかに見舞われてる場合じゃないぞー。朝礼だー」
 担任の教師が入ってきて、ホームルームが始まった。
 「さて突然だが、今日からお前らにクラスメートが一人増えることになった。編入試験を突破してきた子だ、お前らも負けないように頑張るようにー」
 ざわ、ざわわ、ざわざわざわ……
 教室内がにわかに騒がしくなる。一体どんな噂をしているというのだろうか。オペレーション・センターにいれば筒抜けだが、今“一般人”としてこの場にいる私には、それを知る術はない。
 「じゃ、入ってこーい」
 「……失礼します」

 ガラッ

 私は無表情なまま教室の扉を開けると、担任の隣に立ち、適当に挨拶をした。
 「はじめまして……渡瀬(わたらせ) ながらです。永遠の永って書いて、ながらって読みます。1年にも満たない間になると思いますけど、よろしくお願いします」
 数人の男子生徒があからさまな反応を見せる。脳内に叩き込んである事前情報と照合。……たしか、全くもってソレ系の縁のない人ばかりだ。まあ、様子を見るしかないけど。
 「じゃあ、そうだなぁ……あそこの、先頭の席でいいかな? 光の反射で、黒板が見えにくいかもしれないけど」
 そう言って、担任の教師は、窓側の先頭の席を示した。
 「はい。視力も大丈夫ですので」
 私はそそくさと、指示された席に着いた。隣に座っている女子生徒は、黙々と数学の問題集とノートに向かっていた。宿題でもしているのだろうか。

 とそのとき、私は不意に背中を突付かれた。
 「や、ウチ」
 「う、ウチ……?」
 「そ。ウチの最寄駅、アンタと同じ『渡瀬』っての」
 「! そうなんですか、奇遇ですね」
 「そそ。近所付き合いは大事って言うじゃない。アタシは遠野有希、よろしく」
 「渡瀬……永です。なが、でいいです」
 「ながちゃんかー。じゃアタシもゆきでいいよー、よろしくー」
 「よろしくー」
 (この人が……遠野 有希さんか。普通に見えるけど……あのエネルギー増加速度は、いったい……?)


 その日の昼休み。
 「ながちゃーん」
 「あ……ゆきさん、どうかしました?」
 「いやー、ながちゃんってスゴイ! エライ! イタイ!」
 (いたい?)
 「だってさ、さっき10分もかからずにあんなムズカシイ問題解いちゃったじゃんかー。ね、ね、前の学校ってどんなだったの? もしかしてものすごいスパルタとか??」
 昼休みの直前――4時限目は数学の演習だった。指名された人が素早く問題を解いて黒板に回答を書き、それを添削することで授業を進めるというセオリーだ。幸か不幸か――周りのクラスメートたちにとっては幸運だったのかもしれないが――、私は国内でも指折りの国立大学の過去問を指名された。
 研修時代、時空間なんちゃらという授業でイヤというほど解かされた問題の、一番基本になる内容だった。私は示された数値だけをノート上に走り書きし、ほとんど暗算でそれを解き終え、何食わぬ顔で黒板に回答を書いて見せたのだ。
 ――数学の教員がよくやったと私を褒め、皆も見習いなさいなどと説教している間、クラスメートたちは黒板を書き写すのに必死だった……

 「ねー、どんな勉強してたの? アタシにも教えてよー」
 そんなこんなで私が肩をゆすられていると、
 「アンタにはムリだって」
 不意に、誰かが声をかけてきた。有希は振り返って、
 「なんでさー。アタシもちゃんと三年まで上がってるし」
 「全科目黄色信号(欠点セーフ)じゃなくて、赤信号(欠点)の数で上がってるアンタがなに言ってるの」
 「ふーん。じゃながちゃんにもバラしちゃおっかなー、遙も…」
 「ちょ、やめなさい!!」
 遥と呼ばれた女子生徒――楠木 遙は、「自己紹介が遅れましたね」と丁寧に前置きして、私に挨拶してくれた。脳内の情報と照合……たしか、有希の幼稚園時代からの唯一無二の親友。そういえば、オペレーターの間でも、運命軌道の接近継続時間がものすごく長く、接近率もきわめて高いと噂になっていたような気がする。

 結局私は、自分の弁当を食べる間もなく、5時限目が始まるギリギリの時間まで、有希と遥に付き合わされるハメになってしまった。
 そうしておいて、自分たちの弁当はしっかり完食しているあの2人はすごいと思った……





【 遠野有希 死亡時刻まであと 180日 03時間 05分 49秒 】


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吉村 麻之/むきりょくかん。 & 今野 隼史/辺境紳士社交場

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常闇島

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