終了1週間前の挑戦
− 運命の管制者 −
− tale of destiny −



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 全ての結果には、例外なく原因が存在する。
 何者の意志も介在しない自然の営みと、生きとし生けるもの全ての行動は、例外なく自身を含む何か、あるいは誰かに、何らかの影響を与えるという点において、その本質を同じくする。

 たとえば、ある人が空を飛びたいと願ったとする。空を飛ぶ、といっても、多種多様な方法が存在する。飛行機に乗るもよし、気球に乗るもよし。あるいは、ハンググライダーなどで空を舞うもよし……
 しかし言うまでもなく、願っただけで実現するほど、この世界は甘くない。
 この人が飛行機に乗ることを選択したとしよう。すると、運賃を支払うために働いてお金を貯めなければならない。あるいは、パイロットとして飛行機に乗ることもできるだろう。この場合、操縦士の資格を取るために、養成学校に通い、勉学と訓練に励まなければならない。
 ここで注意しなければならないのは、その行為の全てが“正”の方向に働くとは限らないということだ。
 お金を貯めるために働いても、他の誰かにその成果を盗まれ、一銭の見返りにもならないかもしれないし、やっとの思いで乗った飛行機はエンジントラブルで飛ばないかもしれないのである。

 これを、こう解釈してはどうだろうか。
 全ての事物の全ての行為は、この“宇宙”――あるいは、この“時間”や“空間”そのものに、ある数値で表される一定の影響を与える。そしてそれが一定の値に達したとき、この“宇宙”は、そこに存在する全ての事物の一部又は全部に、それに相応しい見返りを返す。
 しかしその値は、“宇宙”に影響を与えた側からみれば、絶対値でしかない。
 先ほどの例の、働いた成果を他人に盗まれるという場合、お金を貯めるために働いた人の“努力”と、それを我が物にしようとした人の“努力”が積算され、その結果として、働いた人には“負”の結果が、盗もうとした人には“正”の結果が返ってきた、ということになる。

 蓄積された“努力”――私たちはこれを“時空間エネルギー”あるいは“運命エネルギー”と呼ぶ。他の事物に影響を与える存在は、“エネルギー”として認知されているもの以外の何物でもないからだ。
 そして、自分の担当するエリアの“時空間エネルギー”の変動を監視し、それを発生させた存在の望む結果を返すこと。それが、私たちオペレーターの任に他ならない。


 茨城県立千年ヶ谷高校管区管制室に落ち着いてから、一晩が経った。
 センターには、私たちオペレーターが何不自由なく暮らせるだけの、衣食住すべての環境が常に備えられている。“補給部隊”なる部署の管轄だ。
 ここに来た昨日はというと、今日行われる小テストで、ある生徒が目論んでいたカンニング行為について、気分で――あくまで気分だ――[ 発覚する ]の運命軌道に確定させるだけして、寝た。教師も不正行為に対しては万全の体制を敷いており――生徒のほうも隠し通すことに万全の体制を敷いていたが――、教師の側が蓄えた時空間エネルギーが、数ポイント上回っていたはずである。
 正直なところ、疲れと眠気で覚えていないのだが。
 さらに、消費された時空間エネルギーが正常に減算されていることの確認作業を忘れていたことなど、言ってはいけない。
 管制者といえど、本質は人間である。別に超能力の類が使えるわけでも、まして不眠不休で動けるわけでも、なんでもないのだ。
 研修時代の自分を想像し、少しほくそ笑んでみてから、食料棚を開けようとした――

 ヴィーーーーーーーッ

 ……まったく、ここの高校生は(こちらの事情を知るわけはないし知ってもらっては困るのだけれど)しょっぱなから自分を弄り回す気か。
 やれやれ、という表情でコンソールに目をやった――刹那、私は凍りついた。

 [ CAUTION!! ] Destiny Interruption Located!!

 「……時空間、干渉!?」
 めったに出ないその警告メッセージに、唖然とする私の目の前で、私がコンソールに触れもしないのに、ひとつの時空間分岐点――“運命の分かれ道”のことだ――が切り替えられた。
 この世界の全てを司るシステムは、全てを見ている。それが示した“干渉者”の名前を、私は食い入るように見つめた。
 ( 017-4466042-DBR1605 Tana Isezaki……? )
 研修時代に聞いたことがあった。ごく稀にだが、局地的に運命軌道を捻じ曲げる能力を持った人間がいることがある――と。
 「っと、切り替え先の軌道もチェックしないと。
 042-4466042-DBR3010 Minori Kamiake……っと。合流先は……
 817-4466042-DBR8621 Haruki Mizoguchi……ね」
 素早くコンソールを操作し、他の運命軌道に相互干渉がないかどうか確認する。オペレーション・センターのシステムが介在しない運命軌道の変化があると、ドミノ倒しのように次々と他の運命軌道に影響を与え、手が付けられなくなる可能性があるからだ。
 結果、それぞれ、同級生と思しき数人と、会社の同僚と思われる数人の、1週間後の軌道に多少の変化が見られたものの、私たちが普段行う操作時に発生する影響と大差ない。念のため、管轄のセンターに連絡し――偶然にも、研修時代の同期の友人がいた――、それだけの対応に留めた。
 ちなみに先ほどから、似たようなIDが連発されているが、このIDの先頭3桁はその人物に関するいわゆる特記事項を、中7桁が参照元オペレーション・センターを、最後の7桁が個人を示す、識別記号となっている。
 「……まったく、面白いセンターね、ここって……」
 ここを引き払った先任のオペレーターの気持ちも判るような気がする。
 私はちょっとほくそ笑んでから、補給部隊が用意してくれた制服のハンガーから外そうとした――

 カタカタカタカタカタカタカタt……

 ……もはや言うことはあるまい。
 言い忘れたが、時空間エネルギーの表示計器は、(勝手な命名だが)私が言うところの“回転フラップ式”だ。空港の出発便表示に使われているアレである。ゆえに、回り始めると、うるさい。寝ている間にも、夜を徹して行動している人がいる以上、回転数が少ないとはいえ回転が止まることはないわけで、これに耐えられなければ管制者は務まらない。まあ、これが異常回転をオペレーターに報せる役割を担っているのだが。
 ( 018-4466042-DBR0090 Yuki Tohno……か )


 それが私と、伊勢崎 多奈、そして遠野 有希との、ファーストコンタクトだった。
 この時私は知る由もない。
 その後の私の生涯で最も苦しい選択となる、運命軌道の切り替えを強いられることを――


 ジリリリリリリリリリリリリr……
 (※筆者注 学校潜入に遅れてはいけないとかけておいた目覚まし)

 「あーーーーーもう!!!!!」


 その後、私が潜入日を先送りにしたのは、ここだけの話である。





【 遠野有希 死亡時刻まであと 181日 02時間 53分 14秒 】


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Presented by
吉村 麻之/むきりょくかん。 & 今野 隼史/辺境紳士社交場

Contributed by
常闇島

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