終了1週間前の挑戦
− 運命の管制者 −
− tale of destiny −



 − Prologue −


 人に“神”として認識されている存在――
 しかしその本質もまた、人そのものである。
 木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中だ。私もまた、人の中で暮らし、そして自分に与えられた任務をこなす。
 私たちは自らのことを、“管制者(オペレーター)”と呼ぶ――


 その日も私は、行き交う雑踏に揉まれつつ、管制室(オペレーション・センター)を目指していた。
 オペレーション・センターとは、全ての運命を操ることのできる中枢である。
 この宇宙のあらゆる場所には、運命を動かす場所――出会いや別れの場所、努力を積み重ねる職場や研究所などとして認識されている――があり、そこには私たちにしか見えない“時空間断層”――またの名を“運命断層”とも言う――が存在する。それこそが、運命の軌道をずらし、他の任意の軌道に重ね合わせて、思いのまま操ることのできる場所。オペレーション・センターの出入口だ。
 通常、私たち管制者は、まったくランダムに行動する。定期的に――あるいは気が向いたら、自分のいるセンターを引き払う。そしてたまたま空いていた他のセンターを見つけると、再びそこに居座る、という格好だ。複数のオペレーターが全くランダムに入れ替わることにより、運命の動きが長期に渡り単一の傾向を取らないように、調整が図られている。
 オペレーターにも個性は存在し、長く居座るもの、しょっちゅう居場所を変えるものがいる。私の場合後者だ。同じように考えている者も、まったく逆に考えている者も共に多数存在することをあらかじめ断言しておくが、私は運命を握ることに、少なからず恐怖と戦慄を憶えていた。なにせ全ての存在――私の場合管轄は人間のみだが――の運命と未来を知り、誰がどちらに傾くかは、まさにこの両の手にかかっているのだ。私はこの任に就いてからまだ間もないほうだ。仲間たちからは、慣れてしまえば日常茶飯事、といったことをよく言われる。しかし私がその境地に辿り着くのには、もう少々時間がかかるな、と苦笑する。

 いずれにせよ、目下の問題は。
 足が疲れてきたこと、だ。
 そろそろ、またどこかに腰を据えなければならない。それは否応なく、また誰かの運命を握ることに他ならないのだが。
 間もなく私の目に入ったのは、とある高校のオペレーション・センターだった。時空間断層の様子から、センターが空であることが分かる。
 ありとあらゆる空間と環境に、何の違和感もなく滑り込むことができる。それが私たちの能力のひとつだった。単に、“自分が以前からそこにいた”という事実を作り出してしまえばいいのだから。
 ――ちょうど、自分と同じ年頃の子か――
 私は、無意識にそんなことを考えてしまう自分に苦笑しつつも、身体を休める振りをして、近くにあった電柱にもたれかかるようにしてその影に隠れ、断層へと滑り込んだ。

 入った瞬間に視界に飛び込む、見慣れた光景。
 壁一面を埋め尽くす表示計器、その上でひっきりなしに変動する数値。その数、センター1箇所に最低でも500、多いところでは10万は下らないこの計器のひとつひとつが、ひとりの人間が蓄積している時空間エネルギーの数値だ。
 ここで、誰の運命をどう動かすことになるのかは、私自身にも分からない。運命を握るといっても、人に頼まれて買い物をするようなものだ。一人以上の時空間エネルギーを預かり、それを用いて、誰かが望むとおりに運命を動かす。運命を動かす時空間エネルギーも、運命の選択肢も、歴史の流れそのものに重大な影響をきたすような超特例を除いて、私たちオペレーター自身の手では作り出すことはできないのである。

 私は大きく伸びをひとつして、胸のポケットからIDカードを取り出し、コンソールパネルの隅にあるスロットに走らせた。刹那、パネル上に次から次へと明かりがともり、運命を握るシステムが唸りを上げて目を醒ます。前方のスクリーンが一斉に明転し、このセンターが管轄するあらゆる場所の状況が、監視カメラもないのに映し出されてゆく。
 そして、少年少女たちの未来への運命軌道と、彼等・彼女等の未来が記された操作ボタンが、コンソール上に現れた。


 このとき、どうして私に予想できただろうか。
 すぐに居場所を変える私が、1年以上に渡りここに居座ることになるなど。
 そして、そうさせる彼女たちの運命を、この手に握ることなど――

 かくして、私――渡瀬 永(わたらせ ながら)は、未来ある少年少女たちの人生を、開きも閉じもできる位置にいる。
 世間から、“転校生”と認知されている存在として――
 新年度の連休が終わり、季節は夏へと向かっていく――そんな季節のことだった。





【 遠野有希 死亡時刻まであと 181日 20時間 41分 29秒 】


Contribution for

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Presented by
吉村 麻之/むきりょくかん。 & 今野 隼史/辺境紳士社交場

Contributed by
常闇島

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