夢の終わり、旅の始まり

 

 私は今、過去幾度となく挑戦し、敗北を喫してきた強敵と対峙している。

 「今日こそ・・・今日こそお姉ちゃんを超えてみせるっ」

 そう意気込んだが、勝算などまったく無かった。
 しかし、引くわけにはいかない。私は自分を奮い立たせ、前方の姉と優に10mを超える巨大な"おはぎ"を見つめた。
 しっかりと愛用のナイフとフォークを握り締め、絶望的な戦いへと駆け出していく。

 「お姉ちゃんっ、覚悟!」

 姉は不敵な笑みを浮かべていた。



 結果は、火を見るよりも明らかだった。姉のスピードは、もはや人の域を超えていた。
 私が1mくらいを食べ尽くした頃には、既に4m以上を胃に収めていた。

 「くっ・・・」

 私が打ちひしがれていると、物足りなさそうに残骸を見つめていた姉が、こちらを向き微笑んできた。

 「・・・どうかした?お姉ちゃん」

 私の疑問には答えず、姉は笑みを崩さぬままこちらに近寄ってくる・・・舌なめずりをしながら。

 「まっまさか、私を食べようなんて思ってないよねー?」

 声が震えるのをなんとか抑えて、悪ふざけだと信じつつ、努めて明るく言った。
 姉は何も答えず、笑みをたたえている。
 頭のどこかで激しく警告が鳴っているが、体が震えて身動きがとれない。
 2,3歩手前のところで、姉は勢いよく飛び掛ってきた。

 (っ、助けて!)

 恐怖に耐え切れず、硬く目を瞑った。
 特に誰、と思っていたわけではなかったが、もしかしたら無意識のうちに思い浮かべていたのかもしれない。

 ・・・もう一人の姉を。

 「まぁぁぁぢかる!どろっっっぷ!!きぃぃぃっっっく!!!」

 やたらと暑苦しい叫び声が響くと同時に、物凄い衝撃が私を襲った。

 「くぅ・・・っぁ」

 あまりの衝撃に涙目になりながらも、目を開いて辺りを見渡した。
 そこには、かなり遠くで大の字になっている姉とやたらとフリル満載なエプロンドレスに身を包み、
 先端が丸い橙色の鈍器のような物を手に持っている女性が立っていた。

 「おぉー、めずらしく狙った所に当たったなー」

 聞き間違える筈の無い声が、ほがらかに物騒なことをのたまっていた。

 「ゆっゆうねぇ!?」
 「オッス、ちな!元気してたー?」

 ゆうねぇは相変わらずなテンションだった。私は唐突な展開に頭がついていかず、生返事を返すことしかできなかった。
 聞きたいことは山ほどある。何故そんな格好をしているのか、何故鈍器らしき物を持っているのか、何故・・・生きているのか。

 「おのれニョッカーめ、ちなに手を出すとはいい度胸だなー」
 「・・・ニョッカー?」

 聞きなれない単語が出てきて、思考が中断された。シの間違いじゃ、と思いながら聞く。

 「そうっ、悪の軍団ニョッカー!あたしは魔法美少女として奴らの野望を砕いているのだー!!ちなみにあれもニョッカーね」
 「っぇえ!?」
 「貧乳殲滅型巨乳ロボなんだってさー、くそーっ貧乳はいいものなんだぞーっ!」
 「・・・ゆうねぇ、怒る場所間違ってない?」

 ツッコミもほどほどに、姉似のなんたらロボをよく見てみると確かにネジやらなにやらが散乱していた。
 ロボットなのに何故おはぎが食べられたのかといった疑問は丸投げしておいて、

 「ゆうねぇ、その手に持ってる物は何?」
 「ふっふっふっ、聞きたい〜?」

 話したくて仕方が無いといった感じで、ゆうねぇが聞いてくる。

 「これはね〜対ニョッカー虐待マシーンっ、その名もボンバー君!!ちなみにこれは二号で、全部で七号まであるんだ。」

 答える前からもう話してるよ・・・

 「レインボーカラーで色分けされていて、最終的には夢の七体合体する予定なんだよーどう?うらやましい??」

 正直まったくうらやましくなかったが、曖昧に濁しておき一番聞きたいことを聞くことにした。

 「ゆうねぇ・・・あのね」
 「ヒンニュウ、ヒンニュウ、ヒンニュウ・・・」

 私の言葉は、妙なセリフの機械音によって遮られた。・・・それにしても、なんとなく腹が立つ。
 姉似のロボは立つのもやっと、といった感じだが音声だけはやたら明瞭だった。

 「・・・はっはっはー、今度は塵一つ残さずに破壊してやるぞ〜っ!」

 ゆうねぇの語調に、激しい怒りが感じられた。

 「ちな、少し下がってて。まだ試作品だから、どのくらい爆発するか分かんないし」
 「え?爆発って・・・ちょ、ゆうねぇ!」

 ゆうねぇは、ボンバー君を振りかざし一直線に駆け抜けていった。

 「ヒンニュウ、ヒンニュウ、ヒンニュウ・・・」
 「光にっ、なぁぁれぇぇぇーーっっ!!」

 ボンバー君が叩きつけられた瞬間、とてつもない光が辺りを包んだ。



 光が収まると、見覚えの無い部屋の真ん中に立っていた。
 夕方なのだろうか、部屋の中は赤く染まっていて、姉達の通っていた高校の美術室だと気づくのに時間がかかった。

 「なんでここにいるんだろう・・・ゆうねぇ?」

 ゆうねぇが見当たらないのに気がつき、慌てて辺りを見渡す。ゆうねぇは入り口の近くにいた。
 何故か制服を着ていて誰かと口論しているようだったが、かまわず駆け寄った。

 「ゆうねぇ〜、っ!?」

 心臓を鷲掴みされたような感覚だった。膝はガクガクと震え、汗が吹き出てきた。
 口論の相手は、本屋で遭遇した、あの眼鏡の女子高生だった。

 「・・・っ・・・ぇ、ぁ」

 意味の無い呻き声が、私の意志とは関係無しにもれる。体の震えが止まらない、呼吸すらままならない。

 やがて話が終わったのか、ゆうねぇが部屋を出て行こうとする。それと同時に眼鏡の女子高生の口元が凶悪に歪む。
 あぶない、と叫びたかったが空気が漏れるだけでゆうねぇに伝わることは無かった。
 そうこうしているうちに、どこから取り出したのか細い棒のような物をゆうねぇに向けて振り上げていた。

 「ぁ・・・ゃ・・・」

 叫ぶ間も無く、神に祈る間も無く、凶器は無慈悲に振り下ろされた。



 私は、頭からの鈍い痛みによって目が覚めた。視界には見慣れた床、見慣れたドアが映っていた。
 部屋の中は、雨が窓を叩く音で満ちていて、外はまだ闇に包まれていた。

 「・・・夢?」

 痛みの引かない頭をさすりながら、ベッドにもたれかかった。ぼんやりしながら夢の内容を反芻していく。

 (確かお姉ちゃんにリベンジして、負けて食べられそうになったのを魔法少女なゆうねぇに助けてもらって・・・)
 (ボンバー君の夜明けが来て、気がついたら美術室にいて、それから・・・っ!?)

 美術室での事を思い出した瞬間、いままで感じたことの無い感情が全身を蝕んでいった。
 目の焦点が定まらない、自分の体なのに自分の物ではないように感じられた。
 私は言い知れぬ不安や恐怖に耐えるかのように、自分の体を抱きしめるしかできなかった。

 「ゆうねぇ、ゆうねぇっ・・・」

 耐え切ることは、私には無理だった。ゆうねぇの死を受け止め切れなかった。
 私は姉のように強くなれない、そんな言い訳めいたことを思いながら延々とゆうねぇを呼び続けた。

 「ちなー、ちながそんなんじゃあたしは安心できないぞー」

 後ろから声がした。慌てて振り向くが、そこにはいつものベッドと壁があるだけだった。
 でも、確かに聞こえた。聞き間違える筈の無い、私の幼馴染でもう一人の姉の声が。
 不安や恐怖はもうどこかにいってしまっていた。我ながら現金なものだと思った。

 「そうだよね、こんなんじゃゆうねぇが心配するよね」

 ふと、窓に目を向ける。
 雨は既に止んでいて、雲の隙間から月の光が優しく世界を照らしていた。
 
 「見ててね、すぐには無理だけどきっとお姉ちゃんより強くなってみせるから」

 なんとなくゆうねぇの笑い声が聞こえたような気がした。

  桜の花が、空の向こうへと舞い踊っていった