「……多奈?」
 私の薄ぼんやりした黄昏は、不意に後ろから掛けられた声によって終わりを迎える。呼びかけられた名前は、私に似ているけど違う名前だった。
 そこに立っていたのは、お墓に供えるには派手で大げさな花束を抱いた、やや赤みがかった黒のコートを着た男性だった。




――雪解けの春、はじまりの風――



「ひさしぶりっ、有希」
 4月3日の昼下がり夕方近く。私、宇奈月可奈は遠野有希の墓参りに来ていた。花屋さんで選んで貰った、一握りの花束を天高く掲げて叫ぶ。
「ふふふ〜。聞いて驚け〜有希っ! 一人暮らしは親に止められたけど、明日から私は都会で寮住まい! 夢の女子大生ライフが待っているってわけ!!」
 無事に合格した私立大学は、ここからは少し遠くになる。よって引っ越しを控えた明日からは、初めての学生寮暮らしが始まるのだ。
「でもねーそしたら、しばらくここには来れないし、弟にも会えなくなるし、千年谷の友達にも会うことが少なくなるんだよね〜」
 友達、声に出して少し息を飲む。私は自分でも気づいている。私はまだ11月26日を引きずっている。有希が殺された日から、心が冷たい雪に覆われて、そのまま歩み出せないでいる。
 あの日から、私は少し変わってしまった。そして、まだ元には戻れていない。友達、絆……そういう言葉を聞くと、冷たく冷えた私の心は少しだけ軋む。
「友達……か……。あ〜あ〜ダメダメ! こういう考えはもうやめようって決めたの。遙にもね、卒業式の日に「私もがんばってみるから」って宣言してるんだから!」
 勢いよく手をぶんぶんと振る。その勢いに、お気に入りの黒く長い髪がなびく。
 そして振り回すのをやめると、乱れた髪がばらばらになって肩に落ちる。
「……だけどね、やっぱり今でも思っちゃうんだよ。私にとって友達って何なのかなって。私はね、有希と遙の関係に憧れちゃうんだよ」
 静寂が訪れる。いつもいつも、ここに来ると私は同じ事を有希に語りかけてしまう。有希と遙の『絆』……それは私の憧れで、それを持っている有希に嫉妬する。
 そしてこのまま無言で家に帰り、私はまた自己嫌悪に襲われるのだ。
「…………」
 私はぼんやりと黄昏れる。有希がいなくなってから、何度も何度もこのぼんやりを繰り返した。放課後の教室、駅のホーム、気づいたらそんな調子だ。
 だから、後ろ人が近づいていることも、声を掛けられるまで気づかなかった。
「……多奈?」


「いや、済まない。黒い髪が多奈、妹に似ていたのでな」
 赤黒いコートをまとった男性、伊勢崎一穂さんは私に言った。無愛想っぽいけどカッコイイお兄さんって感じだ。相変わらずその腕にはド派手な花束が抱えられている。
「しかし……困ったな。遠野有希ならこの程度の花束を欲しがると思ったが、どう考えても供えられる場所がない」
 買うときに気づかないのか! と密かにツッコミつつも、私は確かに、と思った。有希に菊の花なんて持ってきても「ありきたりすぎる! 固定観念に捕らわれてちゃだめだよ〜。ここはひとつ胡蝶蘭でも……あれ? あれって鉢植えだっけ」と一蹴されてしまう気がする。
 ここで私は、さっきからずっと疑問に思っていたことを、慣れない丁寧語で切り出す。
「ところで、一穂さんって有希とどういう関係なんですか?」
 有希なら知り合いがたくさんいそうだが、一穂さんとの繋がりは予想できない。一穂さんは少しだけ考えるような顔をして、真顔でこう答えた。
「遠野有希とは、一晩限りの関係だ」
 凍り付いた。思考が見事なまでに停止する。嗚呼、刻が止まる。
「そう、一晩限りの……戦友だ」
 凍結は一瞬で、戦友、というずいぶんとぶっ飛んだ響きが私を時間の流れに引き戻す。
「遠野有希は、俺の妹を連れ戻すために、一緒に一晩中走り回り、戦ってくれた。ずいぶんと危ないこともしてくれて、妹は無事に帰ってくることが出来た」
 戦友、戦い、妙な言葉が連なるけれど、誇張されている様にも聞こえなかった。それどころか有希ならば、少しばかり現実離れしていてもおかしくないかもと思った。
「その妹さんが多奈さんなんですね。一緒にお墓参りには来なかったんですか?」
「今は居ない」
 一穂さんの声と、ショートレイヤーの向こうの瞳に、少しだけ寂しさを感じた。
「多奈は遠野有希の葬儀の日に居なくなった。丁寧に書き置きを遺してな。今どこにいるかは、まったくわからない」
「それって……家出ってこと? でも何で?」
 ポツ。頬に冷たい水滴が落ちる。気づけば青空は、重量感のない雲に隠されていた。
「うわー、最悪〜。今日は晴れって天気予報ゆってたのに」
「俺も傘は持っていない。バイクで来たから、雨宿り出来る場所まで送ろう」


 ――少しだけ、自分勝手な時間を下さい。兄さん、我が儘言ってごめんなさい。――
 俺は偶然遠野有希の墓の前で出会った、宇奈月可奈という少女をバイクの後ろに乗せ小雨の中を走っていた。そして、多奈の残していった手紙の文面を思い出す。
 思えば、あれは多奈からの初めての我が儘だったし、多奈とこれほど長い時間離れているのも初めてだった。
 最初は死にものぐるいで多奈を探したが、全く痕跡も見つけることが出来なかった。そうしている内に時間が過ぎていくと、多奈がいない生活も案外普通なものだった。
 それに……多奈には多奈なりの理由があって、姿をくらましている。それは絶対だ。きっと遠野有希の死と向き合うためなのだろう。
 だったら、俺はそんな多奈を応援したかった。兄として、遠野有希を知るものとして。
 そもそも俺には、多奈の指し示すベクトルを変える事は出来ないだろう。それは多奈が遠野有希から学んだ、曲げることのない信念だろうから。 
「ちょ、ちょっと早すぎない〜? 微妙に怖いんですけど〜!」
 不意に後ろから声がする。ヘルメットをかぶった黒髪が、風圧で後ろに大きくなびいていた。何故か俺はあのバイクチェイスをした日以来、自分用のヘルメットの他に、もうひとつ、後ろのラックに準備するようになっていた。
「もっとスピード出しちゃえ、と言ったのはお前だぞ。もっとしっかり掴まれ! それに……これくらい普通だ!!」
「普通じゃない! ぜ〜〜〜〜〜ったい普通じゃないって! 捕まるよホントっ!!」
 言われてみれば、確かにスピードメーターは法定速度とは無縁の数字を表示していた。どうもあの日から、速度感覚が麻痺してしまっているようだ。アクセルを緩め、速度を落とす。
「はーっはーっ、死ぬかと思った……ってあれ? もう雨弱くなってるし」
 宇奈月は掴む腕の力を緩め、空を見上げた。確かにすぐに雨はやみそうだった。
「……遠野有希を後ろに乗せたときも、最初は死ぬ死ぬ騒いでいたな」
 あの日以来の二人乗りに、俺は遠野有希のリアクションを思い出す。しっかり掴まれと言った後は、何故か顔を赤くしてずいぶんと静かになっていた。
「有希がこんな風にぴったりと体くっつけて乗ったの? 一穂さんと」
 宇奈月の声には、驚きと、興味深いことを聞いたときの好奇心が感じ取れた。
「ああ、そうだが」
「ふ〜ん、ほほ〜う。それはそれは実は純情少女な有希ちゃんには。とってもとっても大変だったでしょうにゃ〜」
 突如、宇奈月の口調が妙になる。この小雨で熱でも出たのだろうか。
「……どうした宇奈月?」
「もしかして一穂さん気づかなかったの〜? 仕方ないか〜。一穂さん、超真面目っぽいもんにゃ〜」
 宇奈月はニヤニヤ笑いながら、一人うんうんと納得している。奇妙すぎる。
 そんな俺の思いを知ってか知らずか、何か名案を思いついたような明るい声で宇奈月はこう提案した。
「……そうだ一穂さん、ちょっと喫茶店寄ってかない?」
「別に……構わないが」
「じゃ〜案内するからねっ。我が女子高生時代の思い出の場所、喫茶こなゆきを教えてあげるよっ」
 気づけば宇奈月の口調はとてもフランクなものに変わっていた。元々、この様な性格なのだろう。その方が俺としても楽で良かった。


 優しいオルゴール曲が流れる喫茶こなゆきは、今日も人で一杯だった。こなゆきに着く頃には、すっかり雨は上がって青空が再び顔を覗かせていた。
 千年谷の制服は見られないが、私服姿の見たことのある後輩が何人も見受けられた。
 そして、予想外の顔にも出会った。
「あれって……遙とちなちー?」
 そこにいたのは楠木姉妹の姿だった。髪を切った楠木遙と、高校入学当時の遙そっくりのポニーテールの楠木千夏。
 楠木遙、彼女は有希の唯一無二の親友で、11月26日から歩み続ける少女。私なんかより比べようもないくらい辛かったのに、それでもあの寒さの、苦しさの中、前へ進む事を選んだ尊敬に値する私の……友達。
「お〜い、遙〜、ちなち〜」
 私の呼びかけに振り向いた二人の、特にちなちーの顔には驚かされた。それは明らかに、半端無く泣き腫れた目をしていた。
 だけど、その顔に浮かんでいたのは、凄くすっきりした清涼感を感じる笑顔だった。
「可奈……?」
 遙が少し驚いたような声のトーンと表情を見せる。何だろうと思った疑問は、即座にちなちーの言葉で理解する。
「宇奈月先輩、その後ろの人はどなたですかっ? もしかして……彼氏さんとかっ! 凄いっ! そんな大人でカッコイイ人、どこでゲットしてくるんですかっ!!」
「ちょ、ちょっと千夏……」
 しまった。すっかり忘れていた。一穂さんが後ろで手持ち無沙汰そうにしている。
「あ〜、そうだったそうだった。紹介しよう! この人は伊勢崎一穂さんっていって、さっき有希の……」
 私が一穂さんを紹介しようとしたら、ちなちーがそれを大きな声で遮るように遙に言う。
「ほらっお姉ちゃん! 宇奈月先輩の邪魔しちゃいけないから、早く帰るよ! もう雨だって止んでるんだからね」
「え、ちょ、ちょっと千夏!?」
 ぐいぐいと引っ張られていく遙。私は呆然とその姿を見送った。
「……宇奈月、さっきのはいったい?」
 一穂さんが小さく私に問いかける。
「えっと、ポニテだったのが妹で楠木千夏。ショートの方が姉で楠木遙……有希の親友」
 一穂さんが小さく「そうか」と言うと、店員さんがテーブルを案内しにやって来た。
「って、可奈ちゃんじゃな〜い。久しぶり〜元気してた? 相変わらず綺麗な黒髪ね〜」
「あ、沙雪さん。お久しぶりです〜」
 やって来た店員さんは、喫茶こなゆきのマスターの娘さんで、絶品スイーツ職人の紗雪さん。よくここに来た私や有希や、特に遙とは顔見知り以上の仲だ。
「って、あらあら。こちらの素敵な男性はどなたかな〜? か・れ・し?」
「あれっ? そう見えます?」
「ホントにカッコイイじゃない。ずる〜い。私もあんないい男捕まえたいわ〜」
 紗雪さんはとてもノリのいい面白い人で、私たちがこなゆきに来る理由の一つは、紗雪さんと会うためでもあった。
「じゃ、私は仕事に戻るから、注文決まったら呼んでね〜」
 そう言って紗雪さんは、私たちをテーブルまで案内し終えるとカウンターの奥に戻っていった。私はイスに座って、テーブルにメニューを広げる。
「さてと、何にしよっか? 一穂さん」
「あ、ああ」
 どうやら一穂さんは、一連の流れにすっかり圧倒されていたようだ。ちょっと慌てて席に着く様子は、名前の様に可愛いと思えた。


「……ばれなかったかな、泣いてたの」
 私は無理矢理引っ張って来た、姉の手を掴んだままそう問いかけた。
「……たぶんバレバレね。鏡見た方がいいわよ、けっこう凄いことになってるから」
「くっ。やっぱりそうか」
 あんなところを宇奈月先輩に見られてしまうとは、非常に迂闊だった。せめて大泣きしている途中を見られなかったのが、不幸中の幸いだろう。
「あー、それにしても〜、うーん……」
「ん、どうしたの千夏?」
「いやそれがさ、さっき宇奈月先輩と一緒にいた人。会ったことは無いと思うんだけど、なんか面影って言うか、覚えがあるような……」
「誰かに雰囲気が似てるなんて、いくらでもあるじゃない……」
「それはそうだけど〜」
 確かにその通りなのだが、何か特別な出来事の時に、あんな雰囲気の人に出会ったことがあるような気がしてならないのだ。
「そうだ、智也君じゃない? 私の知らないところで、二人で有希のお墓に行ったことあるんでしょ?」
 心臓が爆ぜるかと思った。事件があってすぐの頃に、私は神崎さんと会っている。そして立ち寄ったファーストフード店で、思い出しても恥ずかしく虚しくなる乙女心を抱いたのだ。本来こういったネタは私が姉をいぢる為のもので、決して逆転を許してはいけない。いわば鉄の掟であるのだ。
「智也君から聞いたよ。あの時……私のこと心配してくれてたんだね。ありがとね千夏」
「ふ、ふえっ! いや、だからあれは、そんなんじゃ無くてあの時は〜」
 顔を赤くしないように必死になっている最中、姉からの予想外の感謝の言葉に、先ほどまでとは違う理由で動揺する。
 あの頃、本当に守られていたのは私であって、決してありがとうなんて言われる立場ではないのだ。焦りながら否定を繰り返す。
「私は結局なんにもしてないし。あれはお姉ちゃんががんばったからであって〜」
 そう言いながら何かが心に引っかかる。そういえばさっきの人によく似た人は、ゆうねぇのお葬式の日に……あー、なんかすっきり思い出せない。
 私はどうして、こんなにあの雰囲気が気になっているのだろう。
 その答えを書き連ねる、ガタガタのサインペンの字は、今はもう現れない。


「だから私は……私にとっての友達って何なのか、わからないの。有希と遙の絆、それが本当にうらやましくって……」
 いつからかはわからない。最初は有希の話をしていたはずだったのに、気を許して緩くなったこともあってか、いつの間にか私は一穂さんに悩みを聞いて貰っていた。
 『宇奈月可奈』はこんなネガティブな悩み話をするキャラじゃない。そう思っていたから、やまない雪の向こうに閉じこもった私の心は、こんな話を人にすることはなかった。唯一12月4日、私は必死の最中でいたであろう遙に、まるで遙を追い詰めるような事を問いかけてしまった。
 あの日は、一晩中後悔し続けた。果てのない罵りを、自分にぶつけ続けた。だから人にはもう言わない。そう思い続けてきたけど、今目の前にいる一穂さんは、今日知り合っただけの他人で『宇奈月可奈』の事をほとんど知らない。きっと計算高い私は、そんな薄汚い心理を展開して、一穂さんに打ち明けているのだと思う。
 だけど、話し出したら止まらない。今までせき止めていた言葉が、一気にあふれ出す。
「私はどの友達を見ても、会話しても、携帯の電話帳を見ても、「この人は私が死んだとき、あの日の遙の様に泣いてくれるのだろうか」って、そう思っちゃうの……おかしいよね」
「………………」
 一穂さんは黙って私の話を聞いていた。聞いてもらえるだけで良かった。それだけでも、少しだけ暖かくなっていくのがよくわかった。きっと一人になったとき、また自己嫌悪してしまうのだろうけど、それでも今の心のぬくもりが愛しかった。
「そうだな」
 沈黙はそう長くはなかった。一穂さんがゆっくり口を開く。
「上手くは言えないが……宇奈月、お前は『死んだときに泣いてくれるのが友達』だと考えているのか? それは違うはずだ。『友達だから、泣いてくれる』……逆なんじゃないか?」
 私の心にしんしんと降る雪が、勢いを弱めた。
「友達に価値を求める気持ちはわからなくもない。価値というものは、目に見える尊さになるからな。だが、それはとても危うい」
 視界が徐々に、開けていく。
「遠野有希の話になるが……多奈にとって、遠野有希は初めての同世代の……友達だ。多奈は普通の少女ではなかったから、学校にも行けなかった。それが多奈のコンプレックスだった。だが、遠野有希は、そう言ったものをたった一日で全て吹き飛ばした」
 イメージは、春風だ。
「だが、それは遠野有希が多奈に哀れみを持ったわけでもなく、何かを打算したわけでもなく、ただ単に仲良くなりたかったからだ。そして遠野有希は多奈にとって、かけがいのない人間になった」
 一穂さんの言葉が、私に積もった雪に暖かい風を吹く。
「遠野有希は何に対しても真っ直ぐで、決して妥協をせず、自分の信念を貫く人間だ。それは彼女の強さであり、魅力であり、彼女の正義だ。彼女は知り合って、たった一日しか経っていない多奈のためでも命でも賭けられる。友達だから、という理由でな」
 白一色の世界が、色彩を取り戻していく。
「遠野有希が友達と強い絆を持てるのは、遠野有希のそういった正義の上に成り立っているのだろう」
 青い空が、太陽のゆくもりが。
「恥ずかしい話だが、俺には友達と呼べるような知り合いがいない。昔から俺は多奈の側にいると決めて……多奈に執着していたのだろうな。だが遠野有希と出会って、多奈がいなくなった今、いろいろな事を考えている」
 雪の下に埋もれていた、新緑の葉が現れる。
「俺も、今更かもしれないが、遠野有希の様な人間になりたい。心からそう思うよ」
 降り積もっていた白さが、雪解け水になってあふれ出す。
「少し、喋り過ぎたな……宇奈月?」
 指摘されるまで、私は私が泣いている事に気付かなかった。
 わかっていたことだった。全部全部、そう、最初から答えなんて出ていたのだ。有希が持っている友達との絆。それは、有希らしさの現れ。真っ直ぐに、何かを求めたわけでなく、友達であることを貫いた結晶。求めるものではなく、あくまで付加物なのだ。
 本当に大切なのは、私が友達とどう生きるのか。私がどんな生き方をしていくのか。
 そして、絆とは、私の歩みの証拠なのだ。

 一穂さんが赤黒いコートのポケットから、白いハンカチを取り出す。同時にポケットから『濃厚な牛乳の味わい』の文字が目立つ、ミルク飴が何粒か零れ落ちた。
「しまった。墓前に供え忘れた」
 一穂さんは私にハンカチを差し出しながら、大真面目な顔でこう言った。

「遠野有希は牛乳を飲んでいたか?」


 私はその日、久しぶりに声を出して心の底から笑った。
 一穂さんは、はにかむ様な小さな笑顔を見せてくれた。その笑顔を私は素敵だと思った。話していた内容は、有希の話からいつしか私の悩み話になって、一穂さんの話になって、宇奈月可奈の話になって……
 私はプロフィールの嫌いな人の項目から、無愛想な人をきれいに消した。

「今日は本当にありがとねっ! 一穂!!」
 こなゆきを出る頃には、空はすっかり星空になっていた。春の初めは、まだ暗くなるのが早い。
「粉雪プリン……美味かった。俺こそ、紹介してくれて感謝する」
 粉雪プリンは甘党女王、遙も認める一品だ。無理矢理に一穂に注文させたのは、正解だったようだ。
「それでさ〜お願いがあるんだ〜」
「なんだ?」
 私は、こなゆきを出る前から準備しておいた言葉を一穂に伝える。
「多奈さん帰ってきたら、私が友達になりたいって、伝えてくれないかなっ?」
 一穂は驚いたような顔をした。そして、目を細めて言う。
「……宇奈月は少し、遠野有希に似てるな」
 言われてみて、少しだけそうかもなと思った。思い起こせば、昔にみかきくにも言われたことがあった気がする。
「貴方の友情に感謝します」
 突然の一穂の意味深な台詞に、言葉を失ってしまった。しばらく無言の静寂が続く。
「……多奈の真似をしてみたのだが……無理があるな」
 一穂は恥ずかしかったのか、はにかむような笑顔をまた見せた。
「そんな事無いって! なかなかイケてたにゃ〜。可愛くって。その笑顔もだにゃ!」
「……二度とやめておこう」
「照れるな照れるな〜〜。それでさ〜もうひとつお願いがあるんだよね〜」
「今度は何だ?」
 そしてもうひとつ、用意しておいた言葉をありったけの笑顔で伝える。
「出来ればさ……一穂も、私の友達になってくれないかな?」
 一穂は本気で驚いたような顔をしていた。あははっ、全然表情豊かじゃん。
「……ああ、わかった。こちらこそ、よろしく」
 そう言って、またはにかんでくれた。もっと、この笑顔が見たいと思った。

 家の近くまで送ってもらったあと、私は一穂に手を振って、明日には出て行く家へと足を進めた。右手の携帯には、さっき交換したばかりの一穂のアドレスが登録されている。友達になったからにはかにゃんと呼んでにゃ! と言ったときの、一穂の躊躇い顔と、生真面目に本当にかにゃんと呼んでくれた事を思い出して、笑い出しそうになる。
 家に着いたらまずお風呂に入ってよく髪を洗う! そしたら満足するまで弟をかわいがる! そんでもって一穂にからかいのメールを送って、早めに眠っていい夢を見よう!!
 そして明日から始まる新しい生活で、たくさん新しい友達をつくろう。
 長い黒髪が、ふわりと流れる。頬を暖かな、春の夜風がなでた。


 春風感じる、はじまりの季節。



 宇奈月可奈の、春が、はじまる。




Fin......









  ――いわゆる『あとがき』に分類されるもの――

 こんな文章をここまで読んで下さりましたお暇な皆様(失礼) 誠にありがとうございました。不特定多数の方々に読んでいただくかもしれない形で、文章を掲載するというのは初めてでして……ドキドキと恥ずかしさでいっぱいです。
 ほぼ一晩で勢いによって書き上げたので、まだまだ書き足りない部分や練り足りない部分など不満はいっぱいですが、いかがだったでしょうか? ←ああ、なんかあとがきっぽい。

 うなうなとかずほは、どちらも個人的に大好きなキャラでして……このふたりを軸に書かせていただきました。なるべく原作のイメージを壊さないで描きたかったのですが、皆様のイメージと近いふたりになっているか、非常に不安です。我流うなうなになってそうかも。
 おまけな感じで紗雪さんを登場させてみましたが……本当なら佐伯刑事に友部瑞桜ちゃん。七久保パパや桂瀬篤志センセや蓮田流依アーンド瀬和谷霧奈など、マイナーキャラをガンガンに出していきたかったのですが……ごめん、無理っ☆

 しっかし、ちょうど今年の24hテレビのテーマが『絆』なんですよね。タイミングが良いのか悪いのか……自分なりの考えを絆の解釈として使ってみましたが、まぁ人それぞれっちゃあそれぞれですよね。人間には計算する力も必要ネー(台無し)
 それを無しにして生きていけるのが……でも理想ですよねやっぱり(フォロー)

 テーマは『雪解けと春』にしてました。『黄昏と宵明のトワイライト』の方が、うなうなにも宵明祭にも合ってていいかなっと思ったりして、テーマをどっちにするかで散々悩んだのですが……悩んでる途中でon_docさんの遥-haru-を再見して決定。さぁ、僕の文章を読んで萎えたみんなは、今すぐ遥-haru-を見てえぐえぐ泣くのだ!! そしてURLは載せない(何)

 ちなみにアルファナッツさんの『本日限定公開・白い絆主題歌』を聞きながら執筆してました。まだ聞いてない人はダッシュだ!! ちなみにあとがきを書いている今は、風来さんからの提供『時の流れを忘れさせる時計』がリピートしています。止めても脳内リピートになります(何)風来さんありがとう。

 さて、あとがきもぐだぐだと長くなってますね。この辺で終わります。
 再度、読んで下さった皆様。誠にありがとうございました。

06/8/27 箱庭でぶるぶるし終えて マッ缶