雲のない雨空の下で・異次元伝


〜ゆきさんとウィンチェスターたえ子・そして苦労性の一穂〜





現実逃避その弐。空中戦しつつとんずらッス



「…………はぁぁ……」

 夜。私とたえ子は、電車の座席に並んで座っていた。

 何故か。それに関しては、とりあえず大雑把に順を追って話そう。

 歩道橋での快勝のあと、たえ子が「家」に連絡を取った所、たえ子のお兄さんは今日は帰ってこないほうが良いと言ったとか。

 何かと理由はつけていたらしいが、多分愛車を爆破されたうえアフロになり、果ては敵に捕まるという悲惨な目にあった直後にトラブルメーカーのたえ子の近くにいては身が持たないとかそんな理由じゃないかと推測してみる。

 そもそもたえ子強いし。護衛いらないし。

 まあそんなわけで、せっかくだから家に招待した結果。

 まいまざーみーちゃんも合わせて3人揃ってワインを浴びるように呑み、酔った勢いで空の散歩としゃれ込むかと言う話になり、うらやましがるみーちゃんを置いて高速で飛ぶ座布団に乗ることに。

 そしたらなんかヘリが追ってきたので座布団に乗ったままとは思えない超絶アクロバット飛行で海まで誘導した挙句大根ソードで斬鉄剣よろしくヘリを解体。

 ……ここまでは良かった。問題はそのあと、たえ子が酔いつぶれて寝てしまったということだ。

「……なんかだるいッス。でも悪い気分じゃないッス。ぽわぽわおねむッス」

 とか上空六百フィートで言い出すもんだから慌てて着地させたら、表情はまったくいつもと変わらぬまま鼻ちょうちんをふくらまし始めた。

 で、仕方なくたえ子を背負って最寄駅を探し当て、今に至るというわけだ。

 ……諸君は、表題が空中戦って言ってるんだからヘリのあたりとかをもっと詳しく説明するべきだと思うかもしれない。

 だ が 断 る !

 このゆきさんこと遠野有希が最も好きなことの一つは、無意識にセオリー通りの展開を期待している者達に「No」と言ってやることだ!

 それに……私は、大根ソードで秒殺されたヘリとの闘いなどより、よっぽど重要な闘いを経験したのだ。

 ……懸命な諸君はここまで言えばもうお気付きだろう。

 そう、それは。


 女のプライドを賭けた闘い・In The Bath!


 ……それは今日の夕食前の出来事。

 普段なら「それ」は夕食後なのだが、今日は酒を呑みまくることが決定していたため、酔った状態では危険だとかで先にするようみーちゃんに言われたが為に、予定より早く勃発した――



 瞳を閉じて、呟く。

「これは勝負」

 所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。

 生命は常に淘汰の中で進化する。死を覚悟して闘うなど愚か、生きるほうが闘いだ!

 故に私は勝たねばならない。たとえ持つカードが「貧弱貧弱ゥ!」と罵られるのがお似合いなモノだとしてもだ!

 などと風呂場でここまで闘志を燃やす者は世界広しと言えど私ぐらいのものじゃないだろうか。

 だがそれも無理も無い。

 なにせ、我が胸はそれはもう輝かしいまでの惨敗記録を更新し続けている。

 どこぞのムーンレイスの乗り物みたいな形容はもうたくさんだ。

 私は今日こそ女としての自信とプライドを取り戻すのだ!

 ……そして、ドアが開く。

「……な!?」

 私は、驚愕した。

「馬鹿な……!? そんな、まさか!」

 僅差だと思っていた。それゆえに、今日こそは、と思っていた。

「? どうしたッスか?」

 それが、まさか。

 こんな、圧倒的に。

 ………………"勝利"、しているとわッ!?

 だが、残念なことに、私の心中では勝利の喜びよりも不審さが勝っていた。

 生涯で74個の黒星を持つ私が、あろうことか圧勝するなんて。

 なにしろたえ子ときたら小さいとか以前に皆無、究極の平面……

「ん?」

 いや待て。何かおかしい。

 私の視界には確かにいつも通りのたえ子が映っている。

 にも関わらず今初めて"違和感"を感じた。

 何も変わっていないはず。

 いつも通りのはずだ。

 たえ子はいつも通り糸目で、座布団に乗ったまま浮いてて、3頭身で……

 待て。3頭身てなんだ。

 改めてたえ子をまじまじと見る。

 ……なんてこった。どうして今まで気付かなかったのか。

 数多の超常現象をこの世に引き起こすウィンチェスターたえ子、その"ばでー"は、見事なまでに頭:身体:脚=1:1:1だった。

 普通の人間では有り得ないその等身。

 あまりにまったりオーラが出てるから気付かなかったぜ!(ぇ

「……ああ。そういうことッスか」

 たえ子が私の凝視に対し、合点がいったという風に言う。

「風呂に入るのに座布団に乗っているのは明らかに非常識ッスね。いやはや慣れすぎるのも困りもんッス」

 違う。違うよたえ子。確かにそれもそうだけどそれ以前に3頭sh

「んがふぉ!?」

「うわッ!! な、なんスか突然奇声をあげて?」

 そりゃ奇声もあげますよ。

 たえ子さん。あなたなに座布団から降りたとたん

 3頭身から7頭身になってるんデスカ。

 そうだ。事実を認識したあとで思い起こすと、歩道橋で闘ったときも7頭身になってた(戻ってた?)。

 座布団か? そのびっくりどっきりマジックの種は座布団なのか?

「……!! なんて、こと」

「……さっきからなんなんスか」

 そして私は気付いた。……気付いて、しまった。

 7等身(恐らく本来の姿)になったたえ子の胸に。

 僅差だが、明らかな敗北に。

「ジィィィィーーーーザスッッッッ!!!!」

 にわか勝利で期待させられた挙句どん底に突き落とされたショックで、私は倒れるように湯船に沈んだ。

 だが、転んだらただで起き上がる私ではない。

 最凶最悪のカウンターを私は神(恐らく邪神)から授かっているのだ!

 私はゆらりと湯船から顔を出すと、呆れて頭髪の洗浄にかかっているたえ子にこう言った。

「ねぇたえ子。お願いがあるんだけど」

「なんスか?」

「乳を揉ませろ」

 どうだ! この品行方正な方々のブーイングをものともしない横暴な物言いは!

「はぁ。構わないッスけど」

「ゑ」

 ゑ?

 それ、やばくない?

「え、や、マジで?」

「同性同士ッスし、別に減るもんでもねェッスから」

 漢(おとこ)だ。女だけど漢だ。なんて潔さ。

「……おのれ勝者の余裕かーー!? 後悔させてやるーー!」

 私はそう叫びたえ子に襲い掛かった。

 ……が。


 間。(ただいまゆきさんセクハラ中。しばらくお待ちください(死))


「……えーと、たえ子、サン?」

「なんスか?」

 無反応。切ないまでに無反応。たえ子は私の所業を無視して頭髪の洗浄を続けてらっしゃる。

「あのー、できればなにか反応してくれると嬉しいんデスが。色っぽいとなお良し」

「………………あはーん」

 超棒読み。

「(泣)」

 負けた。

 試合に負けて、勝負にも負けた。

「ふっ、まだまだッスね」

 ……たえ子、恐るべし。



続く?

STAFF:原案 ベルヘン  執筆 Crus-Ade