雲のない雨空の下で・異次元伝


〜ゆきさんとウィンチェスターたえ子・そして苦労性の一穂〜





現実逃避その壱。商店街からとんずらッス



 キィィィーーーーッ!!


 ゴムタイヤの悲鳴が、住宅街に響き渡る。

 いつもの街路。私の目の前には黒のセダン。

 明らかにブレーキの減速作用が足りてない勢いで私へと向かってくる。

 少し前、我が親友はるかさんとの電話で、勉強の愚痴を言ったり、ツッコんできたはるかさんにコマンドを音声入力してドリルぽにてを空振りさせたりしたあと、気晴らしに散歩に出た。

 それから5分と経たず、コンクリの高い塀により見通しの悪い道を抜けたら、こうなってしまっていた。

 一瞬の超集中により、脳の回転が勉強時の約1万倍を突破、体感時間がザ・ワールドの出来損ないを発動したかのようにゆっくりとなる。

 自分を今吹っ飛ばさんとしている黒い金属の箱を見やる。

 フロントガラス越しに、驚きまくってる私とは対称にのん気に茶をすすっている女の子が見える。

 ――うわぁ、すげぇ余裕だ!?

 頭がどうにかなりそうだった。

 ――彼女こそ、私が待ち望んでいた非日常。

 恐怖とか恨みとかそんな無粋なものじゃない、素直な感心の片鱗を味わったのだ。

 ――彼女のことをもっと知りたい。

 そして私は、そんな只者じゃない彼女に強い興味を持った。

 ――そのためには……こんなところで死んでる場合じゃない!!


 そう強く思ったとき。自分の中の隠されていた"力"が解放されるのを感じた。


 引き伸ばされた時間の中、私は無我夢中で向かってくる車体と地面の隙間に右足のつま先をさし入れ、

「ゆきちゃんキーーーーック!!」

 渾身の力を込めて、雄叫びと共に"蹴り上げた"。

 ……そう。私の名前は、遠野有希。

 恋煩いの眼鏡っ子が襲い掛かってきても返り討ちにする自信はあるが、親友のドリルぽにてにいつかうっかり殺られるんじゃないか、と危惧する女子高生。

 通称、ゆきさん。



 ふと、我に返った時には、寸前まで迫った黒のセダンは一瞬にして消えていた。

「……夢オチ?」

 茫然自失として立ち尽くす。

 視界にははっきりとタイヤの轍が描かれている。長く伸びたそれは、ちょうど私の所で途切れている。

 不審に思っていると、突然太陽の光が遮られる。

 下を見ると、私の周りだけ濃い影が出来ていた。

 見上げる。

 「……え゛」

 視界に映ったのは本当なら青空や雲も含まれるのだが、私の視線は唯一つのものに注がれた。

 それすなわち、車。

 先程私に突撃してきた黒のセダンが、えらいスピードで縦回転しながら上空に浮かんでいた。

 よく見ると車体正面が大きくへこんでいる。

 そりゃもう、エンジンまでつぶれているであろうことが容易に想像できるくらいに。

 ――それ、やばくない?

 そう思った瞬間。


 ちゅごーーーーんッ!!


 空中で、車が派手に爆散した。……しちゃった。

 唖然として見ている中、部品や金属片、煤(すす)で真っ黒になったアフロの人などが落下してくる。

 その中に。

 ……なぜか、まったく汚れぬまま、座布団に正座した姿勢で、湯飲みを両手で保持した少女がふわふわと浮いていた。

 ――お前さん、面白すぎるぜッ!!

 思わず少女に向けて渾身のサムズアップをする。

 ――夢じゃない……! ああもう! 容赦なく現実!

 狂喜する私を放置して、事態は次々に進んでいく。

 死屍累々としていたアフロの人たちがむくりむくりと起き上がりはじめた。

 ――良かった。いきなり死人が出たかと思ったよ。

 立ち上がったのは、スーツやサングラスに関係なく、爆発の煤で顔まで真っ黒になり、頭がアフロになった男が3人。

 ――何てわかりやすい爆発被害者スタイル!

 どこぞのコントのような風体の三人の格好は、平和でほのぼのとした住宅街において致命的に浮いている。

 3人が、こちらを激しく警戒しながらこしょこしょと言葉を交わす。

「……確実に普通じゃありませんよ。どうします?」

 爆発前運転席にいたような気がする男が、舌打ちしながら応える。

「気は進まないが、このまま帰らせるわけにも行かない」

 ――よくもやってくれたのう嬢ちゃん。オトシマエつけるまで帰さへんで。

 私のどらまてぃっくフィルターを介して、相手の言葉は面白そうな形へと翻訳される。

 まぁ、恨まれても無理はない。

 たぶん、爆発の原因になったあのひしゃげっぷりは私のせいみたいだし。……記憶はちょっとあいまいだけど。

 ていうかなんで一介の女子高生であるはずの私があんなデンジャーな蹴りを放てたんだか。

「……最低限、あの蹴りは封じないとならないでしょうね(我々の身の安全のためにも)」

「……とりあえず、館長に助けを乞おうと思う。この事態は、俺らで解決できる状況じゃない。ていうかたえ子、何でお前だけ無傷なんだ?」

「爆風のベクトルを反転させ続けたッスから」

「なぬぅ!? ずるいぞ自分だけ!!」

 三人の敵意が、私だけでなく正座の姿勢のまま浮遊する、実に興味深い少女にも向く。

 ここで私の暴走した頭に、ある構図が出来上がった。つまり、以下のような按配である。


 私&少女(無傷組) VS アフロマントリオ(モロ被害組)


 アフロマントリオは元凶である私と、(どんな原理かはよくわからないが)自分だけちゃっかり助かってる少女を捕まえて、はらいせに報復と称してあんなことやこんなことをするに違いない!(何)

 ――決めた。あの子と組む。組んで、逃げる。

 私は長年の修行で培った残像付き高速移動を使い、いまだに座布団に乗ってふよふよ浮いている少女の腕を掴み、有無を言わさず走り去る。

「!? たえ子!!?」

「あ〜れ〜」

「ふはは! さらばだ被害組〜!!」

 暴走した私は誰にも止められず、少女はされるがまま、浮いたままに私に引張られ続けた。……なんか凧揚げを思い出すなぁ。



 ……で。我に返った私は少女――たえ子たえ子と呼ばれていたが、本名は伊勢崎多奈というらしい――に事情を聞き、思うさま土下座し尽くした。

 が、結果的には私の暴走による誘拐が、追っ手の組織に捕まるピンチを回避することに一役買ったらしい。

 あれだけ目立った上、足である車を失っては、そのままでは逃げおおせるのは不可能だっただろう。

 さすが私。……足を奪ったり目立ったりした元凶も私だけどね。てへり。

 その後、ファーストフードショップで事情の詳細を聞きつつ二人して『茶、ウマー』してたら追っ手がまた来たので、再度逃走劇開始。

 相変わらず座布団に正座したまま高速で低空飛行するたえ子と、それに引きずられるように走る私。

 なんだか労力的に凄まじく不公平を感じるけれど、まぁそれどころじゃないのでおいといて。

 気がついたら、歩道橋で思いっきり囲まれていた。

「前方に10人、後ろに7人。前後合わせて17人ッス。……見事に囲まれたッスね」

 トホー、という擬音語が付きそうな感じで、たえ子がため息をつく。

「ウィンチェスターたえ子……もとい、伊勢崎様。我々はただ、伊勢崎様と少々のお話をさせていただきたいのです。」

 17人の追跡者のうちの一人が歩み出て言う。

「……一つ聞きたいことがあるッス。これで全員ッスか?」

 問答無用で質問に持っていくたえ子。……こんな強引なキャラだっけ?

「はぁ……?」

「私を追ってきているのはここにいるので全員か、と聞いてるッス」

 気がつけば、たえ子は座布団から降りていた。

 乗っている車が爆発しても、私に引張られても、ファーストフード店に入ったときも座布団に乗ったまま浮いていた、たえ子が。

 ――これって……なにか、とてつもないことが起きる予感!?

 私の戦慄には気付きもせず、追っ手の代表が応える。

「はぁ、いちおうこれで全員ですが……そんなことを聞いて、ど」

「そうッスか。解答に感謝するッス」

 あちらの質問はすっぱりシカトして、たえ子は私に向き直る。

「ゆきさん。さっきは言い忘れてたッスが、一つお願いがあるッス」

 そう言うたえ子の目はいつも通り横線一本で描き表されるやる気のなさそうな目だったが、私は見た目以外の気迫か何かを感じていた。

「これから起こることを、絶対に誰にも口外しないでほしいッス」

 だから。

「さ、サーイェッサー!!」

 反射的に思わず最敬礼していた。

「貴方の決断に感謝するッス!!」

 瞬間。たえ子の言葉と同時に、光が爆発した。まばゆい光に、誰もが一瞬視界を奪われた。

 ……目を開ければ、基本的にはさっきまでとなんら変わりない光景。

 ただ。

 たえ子の様子だけが、違った。

 左手にはなぜか金属製の巨大ななべの蓋。

 そして……蒼い光を纏う右手には、全長2メートルは超すであろう、とんでもなく長い

 大根ソードが。

 あまりにインパクトの強烈な情景に、周囲の男達も私も、ただ多奈を見つめることしか出来ない。

 当の多奈は目を瞑り(いつもと同じ顔にも見えるが)、静かな声で話し出す。

「……神秘の宝、エレメンタル・ラディッシュブレード・ギガント。全長2メートル71センチ。この世界最初にして最大最凶の戦闘用大根。通称、大根ソード」

 たえ子のぶら下げた右手に握られた大根ソードは暴力的なまでに巨大だった。

 てか、あんな大根を育てた農家の方に是非お会いしてみたい。意外とフリフリエプロンの似合う美少女だったりしないだろうか。

 反りのないその大根ソードは大根という言葉を疑ってしまうくらいに歪み一つ無く、鏡面のような美しさを保っていた。

 たえ子の手の光とは違う色の光を纏うその姿の危険な美しさに思わず魅入られる。

「……ゆきさん。……確実な逃亡。座布団に座ってお茶を飲む際に一切の不安も残さない、確実な逃亡とは何だと思うッスか?」

 たえ子は私に振り向いて聞く。私が何かを言う前に、たえ子は言葉を続けた。

「それは、追いかける者を滅殺し、その上で逃げることッス」

 そう言うと同時に。


 たえ子の、眼が、開かれた。


 それは、そう。

 追う者と追われる者、狩る者と狩られる者が逆転した瞬間だった。


シュォッ!


 巨大な風貌に似合わず、大根ソードは空気を鋭利に斬り裂く音だけを残して振るわれる。

 いくら重力のベクトルを操っているからって、重量があることには変わりないし、空気抵抗は存在するはずだ。

 それを、あろうことかこの大根は、その鋭すぎる斬れ味で風すら断ち切っている!

「この機会を待っていたッス。全員の追跡を"終わらせる"、この機会を……」

 たえ子は説得役の男のほうへ振り向く。

 それだけで、その男のみならず後ろの者たちまでが恐怖に支配されズザッと後ずさりする。

「手加減はいらないッス。そもそも潰す刃すらないこの大根ソードッスが、斬鉄剣並の斬れ味があるッス」

 なんだかとんでもないことをさらっと言いつつ。

 たえ子は、世の理(ことわり)さえ叩っ斬るその世界最凶の得物を構える。

「好んで殺す気はないッス。……ですが、逃げずに立ち向かうのなら容赦は一切しないッスからそのつもりで」

 その言葉が、阿鼻叫喚の始まりの合図だった。



 あえて言おう、ギャグであると。

 リアルに描写したら普通に残酷描写で発禁食らいかねない惨劇も、ギャグパロディであるこの話では実にコミカルに描かれる。

 現に私の目の前では、血飛沫など一切なく、はんぺんを切るかのように男達が大根ソードですぱすぱ斬られている。

 断末魔も「もぎゃー」とか「ひでぶー」とか「メメタァッ」とか不自然に笑いを誘うものである。

 たぶんあいつらはあとでセロテープか何かで身体を繋ぎ合わせて再登場するに違いない。ていうか今現在生き残りが斬られた仲間をくっつけてから退却しようとしてるし。

 ――こ、混沌すぎ……。

 もはやここは別世界。常人にはついていけない世界だろう。

 ……だが。私も伊達に変わった娘とか言われ慣れてはいない。



 ここは、暴れるべき場所なのだ。

 そして、私には必殺技がある。

 ……なら、闘うしかないぢゃないかッ!



 斬れ味が良すぎて、傷口が容易に合わさってしまうためすぐに復活してくる男達。

 たえ子は余裕でさらに大根ソードを振るうが、少々時間がかかりすぎる。

 でも。私なら。

「たえ子!しゃがんで!」

 たえ子を背後から羽交い絞めにしようとした男を狙い駆け出す。

 声に反応してしゃがんだたえ子の上を飛び越え、

「ゆきちゃんドロップキーーーーック!!」

 渾身の蹴りをぶちかます。

 男は悲鳴を上げる暇も無く空のかなたへと吹っ飛び、お星様となった。

 そして、私の独壇場が始まる。

「ゆきちゃんキック! ゆきちゃんキック! ゆきちゃんみらくる七年殺し!」

 凄まじい勢いで男どもをお星様にしていく私。

「ふらいんぐぼでぃあたっく! でんぷしーろーる! ……えっと……サバ折り」

 もはやキック名ですらないが、結果的には蹴りで吹っ飛ばす。

 ……そして。

 7人は私が空の彼方まで蹴り飛ばし、10人はたえ子の大根ソードにトラウマを植えつけられて逃亡。

 私達2人は、圧倒的大勝利を収めてしまったのだった。

「さすがッスねゆきさん」

 元のやる気のない目つきに戻ったたえ子が、どこから取り出したのか、お茶の入った湯飲みを傾けながら言う。

「実は、実戦は始めてだったッス」

「……私も」

 周囲には男達の影も形もない。

 私達は、夕日を背に、いつしかまったりとした雰囲気に戻っていた。



続く?

STAFF:原案 ベルヘン  執筆 Crus-Ade