12月5日

 最悪の目覚めだった。動悸が止まらない。汗でびっしょりとなったパジャマも気にならず、とても長い間、私は息といっしょに心を整えていた。
 まるで夢は私の罪を再確認させるように昨日の出来事を再現し、ただ一つ異なった一言は私が生んだ最悪の可能性を気づかせたのだ。


 夢を見る私は叫び続けていた。夕焼けに染まる教室の上から、2人の少女を見下ろしながら。
『言わないでっ、その言葉はせっかく立ち直った遙を壊してしまう!』
 どんなに口を動かしても出ない声で、私は叫び続けた。
『やめてっ!もう、これ以上遙を傷つけるのは・・・』
 でも、夢の中の私は遙の気持ちなんてまったく考えず、私が犯した過ちを一語一句違えず繰り返す。
「遙、最近、笑えるようになったね・・・
 彼は・・・有希の代わりなの?彼に、有希を重ねてない・・・?」


 なんでこんなことを聞いてしまったんだろう。
 やっと・・・、遙は笑えるようになったのに。
 やっと・・・、有希という親友の死の呪縛から抜け出せたかもしれないのに・・・。
「ごめんなさいっ・・・、ごめんっ・・・はるかぁ・・・・・・。」
 謝ってももう取り返しがつかないことはわかっている。謝るなら直接遙に謝らないといけないということだって。
 それでも、私はごめんなさいと繰り返すことでしか、ガチガチとなる歯を止めることもできなかった。


「可奈・・・私は・・・」
「あ、そ、そんなマジにならなくてもいいって!ほら、忘れよ忘れよ!」
 夢の中の私はやっと気づいたけれど、もう遅すぎる。
 放たれた言葉はもう回収することはできない。
 夢の中の遙は、あの時見ないようにしていた遙の表情を鮮明に再現していた。
 そこにあるのは自分のしてしまった友人への冒涜に気づいた哀しみ、
 ・・・そして支えるものを失ってしまったことへの絶望。
「私・・・」
 でも、本当に恐ろしいのは・・・・・・、私が生んだ最悪の可能性は、そんなことではない。
 夢を見る私の視点はいつの間にか夢の中の私に重なる。
 目を逸らすことも許されず、私は遙のその表情を見なければならない。
 目からは光が失われたただ空虚な笑顔の遙。不気味な笑顔のまま遙は言う。
「私・・・もう駄目みたい」


「いやあっ、いやーーっ!はるかぁっ!」
 半狂乱に叫ぶ私を両親がなだめてくれて、そこでやっと私は本当に夢から覚めることができた。

 

 はじめて病院で精神安定剤をもらった。
 まさか自分がこんなものに頼ることになるなんて、今まで考えたこともなかった。
 薬はまるで私の罪を削り取るようにして私の心を落ち着けてくれた。
 でも、思い出すだけで震えが止まらない。この震えを止めることができるのは、学校で昨日と同じ姿で歩き回る遙を見ることしかありえなかった。
 家で休みなさいと言う両親をはねつけるようにして、もう昼休みに入っている学校へと私は向かった。

 

 最悪の可能性、これはそんなものじゃなかったのかもしれない。
 私の夢は、まさに正しい現実を示してくれていたのだから。
 唯一の支えなんてなかったのだ。遙が私の言ったことを気にせず、昨日と同じ姿で歩き回っているなんて、そんなのは夢の世界の出来事だったのだ。
 自嘲する。こんなに現実に近い夢を、夢の世界の出来事だとしか信じることのできなかった弱い自分に。
 夢の世界にすら無かった出来事を、現実にあるんだと信じ続けていた馬鹿な自分に。
 登校してすぐ私は友人に遙のことを聞いた。
「今日は来てないの。遙・・・大丈夫かな・・・・・・」
 大丈夫じゃなかったからここにいないのだ。私だけが知っている、遙が休んだ本当の理由を。
「ふふ・・・・・・、あはははははっ!」
 私は涙を流しながら、周りを気にすることなく大声で笑い続けた。
 何も考えられないまま・・・。

 気がつけば保健室にいた。
 いきなり大声で笑い出したり、倒れたり、保健室へ運ばれたりした私を心配した友人たちが囲んでいて、何か話しかけてきた。
 心が無いと言葉は記号の羅列になるだなんてはじめて知った。

 

12月 日

 なにもないのがここちいい。
 だれもいないからこころがやすまる。
 りょうしんも、ゆうじんも、はるかも、ゆきも、ちなつも、かなも・・・・・・。
 いつもそばにいたおやもきょうはいないらしい。
 ひさしぶりにわたしはたちあがり、いえのなかをうろつくことができた。
 だれかのこえがきこえた。
 てれびでにゅーすがやっていた。
 みみうるさくながれていくおとのなかに、『自殺』ということばがあった。
 ああ、そっか。ぐっどあいであ、てれびもときにはいいことをいうね

 ほしのないそらのした、わたしはがっこうへとむかう。

 

ep

 学校の屋上は強い風が吹いていた。
 いつどうやってここに来たかはわからないけど、
 暗い世界で、私は屋上からの景色を眺めていた。
「おいっ、宇奈月!やめろ!」
 後ろから声が聞こえた。懐かしい友人の声。
「あれ、智也?こんな時間になんでいるの、もう夜だよ?」
「夜・・・?なに言ってるんだ?」
「だって、星も・・・・・・あははっ、星も見えないくらい真っ暗だね。」
「・・・・・・ちょっと待ってろよっ、今そっちに行くから・・・それまで!」
 かけて来る音を聞きながら、私は少し嬉しかった。
 智也は立ち直れたんだ。
 有希が死んで、あんなに落ち込んでいたのに。
 私も負けてられないな。
 暗闇の中へ足を踏み出す。それは唯一の希望への一歩。
 過ちを犯してしまった私。遙を追い詰めてしまった私。
 そんな愚かな私を変えるためのリセットボタン。
「どうしてっ、楠木もお前も・・・・・・っ!」
 最後に聞こえた智也の声はそんなことを言っていた。


 小学校の頃歌ったことのある『翼をください』が聞こえた。

 いま私の願いごとが
 かなうならば翼がほしい
 この背中に鳥のように
 白い翼つけてください
 この大空に翼をひろげ
 飛んで行きたいよ
 悲しみのない自由な空へ
 翼はためかせ
 行きたい

 みんなが合唱する歌と、走馬灯のように流れる過去。
 今、私の背中には確かに白い翼があって、翼はいつどこへでも私を運んでくれる。
 思えば、私の間違いが始まったのはもっと前からだったのかもしれない。
 間違いを積み重ねてしまった結果があの場面だったのかもしれない。

  あの日遙と会ってしまった事、
  前日に彼の存在を知ってしまったこと、
  遙が笑えるようになったことに気づいたこと、
  仏壇前で泣く遙を見てしまったこと、
  有希の死をあの時に知ってしまったこと・・・・・・。

 どこかで螺旋を切ることができれば、それだけで私が遙を追い詰めることは無かったのだ。
 この翼があれば、どこにだっていけるし、全ての失敗を取り戻せる。私は悲しみのない世界へ行くことができるのだ。
 あはっ、やっぱり・・・グッドアイデアだったんだ・・・・・・


 何かにぶつかった気がした。けれど私にはそれが何かわからない、ただすごく眠かった。
 いつでもどこにでもいけるんだから、今は少しだけ眠ろうかな・・・。
 お休み。起きたらすぐに助けにいくからね、は・・・る・・・か・・・・・・。

 


あとがき(補足)

 まず、本作の宇奈月可奈は本編とはかけ離れている可能性があります。
 こんなのかにゃんじゃねえっ!と思った方へお詫び申し上げます。
 ところどころ独自設定が入っていますが、もし本編と違う点が見つかっても尻きゅうりで勘弁してください。(死

 今回一部色が変えてあるのは、わかるとは思いますが現実ではない夢・・・または意識の中の出来事です。
 つまり・・・・・・、現実はタイトルの通りなのです。

 本作はあくまで『最悪の可能性』が起こった場合の"if"だと思っています。
 楠木遙がバッドエンドへ向かったとしても、宇奈月可奈がこのバッドエンドへ向かうとは限りません。
 もう、うなうながかわいそうでバッドエンドが見れないよという方、安心して遙さんをバッドエンドへ導いてください。(何
 なおファイル名の英文はかな〜り自信がありません。自身のある人はもっといい英語名を考えてみてねっ☆