-----------------------------------------------------
雲のない雨空の下で 二次創作
「あの日の私と、今の私と、これからの私」
著:あけび
-----------------------------------------------------

 目が覚めた。
そこは飾り気のない簡素な部屋だ。
私が十数年過ごしてきた見慣れた部屋だった。

あの日、有希と最後の別れを告げてから約1ヶ月が過ぎようとしていた。
私は、まだ気持ちの整理がつかず、ぼんやりと日常を過ごしていた。
−あの日に有希のキオクを消したことは本当に正しかったのだろうか?−
ふとそんな疑問が脳裏によぎる。
その瞬間
「私は私の正義を貫いただけ。その結果が正しいか正しくないかなんて誰にもわからない。
 けど、私は自分の選択が正しかったと信じてる。だからこそ、その先がどうなろうとも
 全て受け止められるんだよ」
有希が私にそう言うのが聞こえた気がした。
別に有希が実際こんなことを言っていたわけではない。
それなのに、こんな言葉が自然とでてくる自分が少し可笑しくてクスリと笑ってしまった。

彼女との出会いは私の日常に少しだけ変化の種を蒔いてくれたようだ。
窓を開ける。
真冬の冷気が部屋に流れ込む。
外は有希と出会ったときのような雲ひとつない快晴だ。
そんな空がふと私にこんな言葉を紡ぎださせる。

「今日は有希と一緒に行った街に出かけてみようかな」

私は扉をあけた。


 ガタン、ガタン・・・ガタン、ガタン・・・
規則的な電車の振動に少しばかりまぶたを閉じそうになりながら窓の外を眺める。
外はすでに都会の賑わいをみせている。
能力を使ってここまで来てもよかったのだ。
あの日、サーチャーの能力はそのキオクと共に殺した。
もう能力を使っても見つかることはない。
ただ、不思議とそんな気にならなかったのは、有希との思い出に長く浸っていたかったからだろうか。
そんなことを考えているうちに目的の駅に到着する。
あの日以来この街にくるのは初めてだ。
少し空を見上げ歩き出す。
そこは約1ヶ月前、ヘリコプターと謎の飛行物体によって大騒ぎになったとは思えないほど
ありふれた街の光景のように思えた。

真冬にも関わらず、軽い熱気を帯びたような街の雰囲気に驚きつつ、ぶらぶらと歩く。
別にこれといった目的があるわけではない。
しいて言うならこの街を歩くということが目的なのだ。
ふと目を上げると何かの列が出来ているのに気がつき、私は足を止めた。
少し先に、自分がこの街のシンボルだと言わんばかりの存在感を放つ大観覧車がそびえたっている。
その中心にある、約1ヶ月前私が(不慮の事で)壊してしまった時計も今はすっかり元通り
になおされている。
いつの間にか私はその列に並んでいた。


「こんにちわ♪何名様になりますか?」
チケット売り場のお姉さんが笑顔で聞いてくる。
列はだいぶ進み、ここでチケットを買えばもう数分で観覧車の乗り場にたどりつくというところだ。
乗ったことのない観覧車に少しワクワクしながら私はこう返す。
「1人です」
少しは愛想よく言えただろうか。
「1名様?ですか・・・?」
お姉さんの反応はいまいちだった。
私はそんなに無愛想なのだろうか。
そんなことを思いながら一人で観覧車に乗り込む。
そう、一人で。

あの時、私にもう少しの常識があれば、チケット売り場のお姉さんの反応の意味を理解できただろう。
具体的に言うと観覧車は家族やカップル、あるいは友達同士で乗るものであって、
一人で乗るということがどれだけ悲しく、哀れな視線を受けることかというのを知っていれば、
私は絶対一人で乗ろうとはしなかっただろう・・・。絶対。

などと思うのはもう数日先の話であって、今は観覧車という乗り物を満喫しているところだ。
ゆっくりと動く観覧車。
眼前に広がる景色はあの時のものと同じようで、少し違って見えた。
観覧車が高度を上げていくにつれてあの日のことを思い出す。
有希が、うちに泊まればいいと言ったときに掛けてくれた言葉。
有希のお母さん、三里さんのおいしい手料理。母のぬくもり。
有希と一緒に飛んだ空、一緒に見た風景。
いまではあの時の空中戦だって有希とのかけがえのない大切な思い出に思える。
そんなことを考えながら、二人で共有した、けれど私しか持たないキオクの欠片をなぞっていく。
観覧車のゆっくりとした速度がありがたかった。


 周りの哀れみの視線に気づくことなく、観覧車を降りる。
外はまだ明るい。
再びぶらぶらと歩き出す。
あてもなく歩く。有希と一緒に空から見た風景を見つけるたびに
言葉では言い表せないような切ない感情が溢れ出してくる。
後悔はしていない。
間違ったこともしていないと信じている。
ただ、この溢れ出す感情をせき止める方法は見つけられなかった。

思考の海にもぐりこみ、意識もなくただ足を動かしていた。
ふと気がつくと空は軽く赤みを帯びていた。
駅に向かって歩き始める。
結構歩き回っていたようで、同じところをグルグル回っていただけだったらしい。
数分で駅に到着する。
帰りもぼーっと窓の外を眺めていた。



 有希の町の到着した。
最後にここを周ってから施設に戻ろうと思ったからだ。
有希と出会った場所。一緒に走った道。初めて交わした言葉。
全てが鮮明に思い出された。
それは私の中だけにしか存在しないキオクの欠片。
有希を思い出すたびにこのことを痛切に感じる。
私が選んだ道だけれど、ひどく悲しくなる。

そろそろ空の赤みが強くなってきた。
最後にあの場所に行って施設に帰ろう。
そう思い歩き出す。
今は真冬。
金色に輝いていたイチョウの木々も、すっかり茶色い肌をむき出しにしている。
そんな並木道を歩き出す。
有希と別れた並木道。
有希の涙を見た並木道。
私はこの先何年経っても、この道を歩くたびにあのことを思い出すのだろう。
それが嬉しいことなのか悲しいことなのかはよく分からなかった。

そんな考えは前から歩いてくる(部活帰りだろうか)二人組の女子高生の会話に遮られる。
歩いてくる女子高生に目をやる。
途端、私は足を止める。
ポニーテールのおとなしそうな女の子とショートボブの赤みがかった髪の毛をしている女の子が
私の横を楽しそうにしゃべりながら通り過ぎる。

「有希!わたしのお昼のデザート食べたのあんたでしょ!」

「遙たんよ。過去を振り返るのは悪いことではない。だがしかし!それによってそこから前に
 踏み出せないのはだめなのだよ。過去を思い出として大事に心にしまい、今を精一杯たのし
 く生きることが大切なのだよ。わかるかね?」

「それが人のデザート食べた言い訳かー!」
スパーン!

そんなたわいもない会話が聞こえてくる。
私の目から涙が溢れてくるのが分かる。
彼女が冗談で言っただけの言葉かもしれない。
けれど、その言葉を聞いたとたん涙がとまらなくなった。
過去の思い出、有希との思い出にしがみついていた私が恥ずかしかった。
有希との思い出はかけがいえのない宝物だ。
それは今も、これからも一生変わることはない。
けれど、それにすがって生きていてはだめだ。
それでは何も変わらない。有希と出会った意味がない。
彼女との出会いがもたらした変化の種は、今、芽を出しはじめたのかもしれない。

私は空を見上げ、涙を振り払う。
それでも涙は止まらなかった。

大粒の雨のように地面に滴り落ちる涙。
けれど不思議と私の心は雲ひとつない青空のように晴れ渡っていた。


私は歩き出す。
心持ち胸を張って
自分の正義を片手に
この人生を力強く歩き出す。


その背中に大切な思い出を背負って。






-To be end-